十和田の学習塾、進学塾の【さくらアカデミー】

「能力無限」のエピソード ①

2022.01.29 未分類

「能力無限」の話① 最強の3年C組(南組)の序章
                                                                                                                                                                                 文責:講師  南
塾生の諸君、こんにちは。
臨時休講とはエライことになりましたねぇ。
しかし、この時期にじっくり自分と向き合いながら勉強に専念できるということは、ある意味メリットでもあります。休講があけたら、塾で隣の席の人をびっくりさせられるような、とんでもない点数をとれるようになれるといいですね。

さて、時間がたっぷりあるので、少し昔話をしてみましょう。
自分語りはあまり得意ではないですが、あるクラスの物語を徒然なるままに書いてみるとしよう。

私がかつて、岩手で中学校の先生をしていたのは、塾生の皆さんも知っていますね?
 私が「教師として初めて担任したクラス」=「先日、成人式を迎えた生徒たち」の話をこれから紹介していきます。一気に語ることはできないので、何回かに分けて書くことになるでしょう。

 そのすべてが、「能力無限」のパワーを宿しています。
 今、必死に頑張っている受験生の皆さん、そして、これから受験を迎えるすべての塾生諸君に向けて、何らかのメッセージになればいいですね。

 私が、教員採用試験にうっかり合格して、最初に赴任した岩手県某中学校。
 
 普通、学校の先生の中でも新規採用=「初任者」というのは、「謙虚で、真面目で、常にスーツ」。
 まぁ、井元先生みたいに爽やかで明るくふるまうものなのですが、しかし、私は、普通じゃないので、ワイシャツネクタイはしていたが、「上下作業着に裸足に雪駄」。
 職員室では「なんだ、あいつは?(~_~;)」「オカシナな奴が来た( ̄~ ̄;)」「かなり、ヤバいな」。
 4月1日、勤務初日に速攻で嫌われました。歓迎会もありましたが、歓迎されては、いなかったですね。
 学年主任の先生も「もう、好きにやれ…」と、あきらめてさじを投げる始末。

 誰もが思っていた、「こいつはキャラ強すぎて、生徒が引いて、学級崩壊するパターン」

 そんな感じで始まった教師生活。新任式はさすがにスーツを着ました。

 学年集会で改めて、あいさつをするように促された私は、スーツの上着を脱ぎ、目の前の生徒に向かって言いました。

 南「君たちには、『真面目にふざけることができる人』になってほしい。」
南「君たちには無限のパワーがある。それを今から試します。いくぞ!能力!!」生徒「むげ~ん…」
南「聞こえない!もう一回!能力!!」生徒「むげーん!!」×3回

とりあえず、なんか、まとまった感が出ましたねぇ。

 そして、「作業着に雪駄」の仕事着に着替えて、担任となる2年C組の教室へ。
 36人のメンバーが「なんか変な奴が来た」「むしろ、おもろいかも?」という複雑な空気が漂う中です。
ただでさえ、クラス替えでみんな探り探りの教室に、その男は登場します。
そして、生徒に向かって、こう宣言しました。
「諸君は2年生だろう?オレは先生だが、1年生だ。だから担任の先生だからってオレを頼るな。」
「『自分たちでやろう』という気持ちを持て。もろもろのサポートなら何でもする。君たちならできる。」
「でもオレは先生だから、君たちを叱る。だが、それは感情で怒っているわけではない。頭のノートにメモれ。」
「君たちが『他者へのリスペクト』を忘れた時、『人の道』を踏み外したとき、オレは君たちを叱る。」
「いじめ、暴力、差別、オレはそれを許さない。それだけは、心のノートにメモっとけ。」

こうして、2年C組の1年が始まりました。
私は学級通信を毎日出し、生徒の作文をその裏面に載せ、生徒から上がってくる「毎日の記録」にリツイートを書き、「2-C絆ワード」として言葉を重ね、少しずつ生徒と打ち解けていきました。
学校内を雪駄で歩くと、「パッタペッタ、パッタペッタ」と足音がする。それがいつしか、「南先生来た!」の合図になりました。帰りの会の「先生から」のコーナーは、必ずその日の学級通信をみんなで読み、言葉を送り続けました。
「『能力無限』、心のノートにメモっとけ」(←これは当時、僕が宇宙兄弟にハマっていたのでね(笑)
そして、毎日「能力無限」のコール&レスポンスで終わる。そんな毎日が続いたのです。

しかし、「南先生は、何を考えているのか、まだわからない」という雰囲気はクラス内に残っていました。ですが、私はそれでいいと思っていました。誰でも、心を開くには時間がかかるものです。ましてや、相手は中2。

そして、最初の試練が来ます。
そう、体育祭です。2学年種目は「長縄跳び」。クラスの心が一つにならないと成功しない競技ですね。

昼休みに「練習」をするのですが、案の定、うちのクラスだけ、1回も飛べません。

他のクラスは、担任の先生が掛け声をかけたり、手を叩いたりしてリズムをとっています。そして、全員で掛け声をかけたり数を数えたりしています。

私は、朝礼台の上にあぐらをかき、頬杖をついて、「飛べない練習」を繰り返す、クラスのメンバーを眺めていました。私よりも若い副担任の先生が「頑張れ!」とか「負けるな!」と声をかけていましたが、私はだんまりです。次第に、クラスの空気も悪くなり、練習すらまともに成り立たなくなりました。
私は帰りの会で学級通信を読みながら、「他のクラスにできるのだから、君たちにできないはずはない。」
「だが、その原因を見付けるのはオレではなく、君たちだ」と、繰り返し、そして無責任に言い続けました。

副担任の先生は「南先生、なんで何もしないんですか?」「他の先生に裏でメチャクチャ言われてますよ?」と私に言うのです。私はのらりくらりと返事をして、それでも練習するメンバーを眺めていました。

そして、本番が一週間後に迫ったある日、クラスのリーダーたちが「なぜ飛べないのか」を話し合い始めました。「3年生の先輩にとって、最後の体育祭。それを失敗させるわけにはいかない」というのです。

そこで、S君が「…先生、どうしてウチは飛べないんですかね?」とあきらめムードで、私に尋ねました。
このS君は、3年生になると生徒会執行部と部活のキャプテンを務めることになる有能なリーダーでした。

私は一言、「『なぜ飛べないのか』ではなく、『どうすれば飛べるのか』を考えたらどうだ?」と言い残し、教室を後にしました。そこから、彼らは『自分たちでやる』を実践し始めます。

次の日から、「飛べない練習」は「飛ぶための練習」に変わりました。皆が声を合わせて、ジャンプのタイミングをそろえようと必死になるのです。しかし、やはり、1回も飛べません。

リーダーたちは、放課後の会議を続けていました。
2年C組の教室は職員室から階段を上ってすぐの教室なので、私はその日、雪駄を脱いで、足音を立てずに階段をそっと上り、壁に背を持たれかけながら会話を聞いていました。
すると、女子たちが「南先生はあてにならない。私たちが何とかするしかない。」というのです。
私は、静かに階段を下りて、今度は雪駄を履いて、大きな足音を立てながら教室へ向かいます。すると、会議のメンバーが、慌ててカバンを背負って教室から走り去る背中が見えました。
さしずめ、「会議の内容を私にも秘密にして、見返してやろう」というのでしょう。

私は「作戦成功」を確信します。
「後は勝手に、ヤツらは伸びていく」と、深夜の職員室でモンスターエナジー片手にニヤニヤと笑って、学級通信を書いていました。

次の日の朝、ようやく、連中は「最初の1回」を飛びました。連中は大盛り上がりでした。
何しろ、連中にとって、それは「大きな前進」だったからです。本番の3日前でした。

しかし、私は朝の会で、「まだまだ、これからだ。」と、どこか他人事で、ほめることはしませんでした。

昼休み、今度は3回飛べました。大いに盛り上がるメンバー。確実に、何かをつかみ始めていました。

しかし、他のクラスは、20回以上飛んでいるクラスもあり、まったく勝負になりません。

「時間がない」という焦りと「先輩に迷惑をかけたくない」という悔しさから、連中は無我夢中でした。

その日の午後の体育祭活動が終わり、「先生から」のコーナーで、「何か話を」と3年生のリーダーから頼まれた私は、各学年のC組の縦割りで作る「紅組団」の前に立つと、おもむろにボロボロの学生帽を被り、手には応援団が使う旗を持って、
「全員起立!裸足になれ!そして学年ゴチャ混ぜになって、輪を作り、肩を組め!先生たち輪も入ってください!これから紅組団の優勝を祈願して、みんなで校歌を歌おう!」と叫びました。
 全員が輪を作り、肩を組んだところで、私が合図を行い、その場にいる全員で、校歌を歌いました。
 自然と全力で、大声で歌う校歌が、校舎の方まで響いていました。
紅組団が1つになり、一心不乱に校歌を歌います。学年もバラバラ、名前も知らない先輩後輩、先生も交えて、紅組団として1つにまとまったように、その場の全員が感じたでしょう。

そして、解散になった後、私はS君に「どうだ、S?こうやるんだよ。」と一言、言葉を託しました。
S君は「はい!」と元気に返事をして、仲間のもとへ走っていきました。

次の日からC組は「みんなで校歌を歌いながら飛ぶ」という練習方法を編み出しました。飛べる回数はぐんと伸び、30回を超えることもありました。
しかし、この練習方法は、すぐに他のクラスにマネされて、使い物にならなくなりました。

いよいよ、明日が本番という日。
昼休みの練習の最中に、S君をはじめ、リーダーたちが朝礼台の私の所へ集まってきました。

「他にいい練習方法はないか?」「どうすれば勝てるのか?」みな口々に、真剣に、私にアドバイスを求めてきたのです。

私は、「ウチにしかできないことで、全員の心を1つにする方法があるべや?心のノートに書いてあるべ?」
「今までオレが何のために、帰りの会の最後にアレをやってるか、わかるべ?」と。

女子のリーダーのNさんが「…そんなので、本当に飛べんの?」と疑いの目を向けながらいうので、
私は一言、「君たち次第だ。」と、告げました。

本番当日の朝、C組は「能!力!無!限!」と、新しい、そしてバカバカしい掛け声をかけて飛んでいました。

開会式が始まり、入場行進、午前の競技があり、紅組団は得点の中間発表で大きく出遅れていました。
午後の競技は「2学年種目・長縄跳び」からスタートです。
メンバーが集まり、リーダーたちが声を掛け合います。

2年C組は、本番で「能力無限」の掛け声とともに68回も飛び、種目第1位になりました。
陣地へ帰ってくると、3年生が喜びの声で出迎えます。

結果、紅組団は優勝はできませんでした。しかし、全員が「心の優勝旗」を持って帰ってきました。

解団式。
3年生のリーダーたちが感極まり、悔し涙を見せ、「来年は優勝してほしい」と後輩へ語ります。
先生方も選手をたたえる話をしました。
私はというと、また、ボロボロの帽子と旗を手に、校歌を歌うことを提案します。
全員が輪になり、肩を組んで、この日最後の校歌を歌いました。

歌い終わったその時、それまで私を不審がっていた女子のリーダー・Nさんが、「ヤバい、泣く、、、、泣ぐぅ。。。。」と、涙をこらえている姿を見て、私は「いいよ、N!泣けよ!それが青春だよ!」と柄にもないことを言うと、
Nさんは「はいぃぃぃ。。。。」と言ってボロボロと泣き始めました。それはきっと、感動だったのでしょう。

その日の帰りの会。
用意していた学級通信の「優勝したパターン」「最下位だったパターン」「それ以外のパターン」の3種類をすべて配り、リーダーたちに感謝を伝え、メンバー全員に「よく、頑張った!!」とねぎらいの言葉をかけ、「来年は、絶対優勝するべ!!」と決意を込めて、最後に「能力無限」を全員で叫んで、体育祭を締めくくりました。

次の年、連中は見事に優勝するのですが、その物語は、また次の機会に。

このエピソードから、塾生諸君が得るべき教訓は2つです。
①自分でできることをやり遂げれば、必ずいい結果が待っているということ
②全員の心が1つになった時、無限のパワーが発揮されるということ

今、辛く苦しい受験勉強を続けている一人一人がベストを尽くし、みんなの心を1つにして「全員合格」を目指して戦っているのです。君たちは一人じゃない!共に戦う仲間がいる!そう思って、毎日を頑張ろう!!

いつも心に、能力無限!!